novel

コインランドリー

 コインランドリーは読書にちょうどよい場所だと気がついたのは、仕事を辞めて、次の仕事の当てもないままぼんやりと暮らしていたときだ。夏の盛りは過ぎていた。

 仕事がなくても人は眠るし、汗もかく。全自動の洗濯機にシーツと毛布を放り込む。いつも1000円札を入れてから、柔軟剤不要ボタンを押し忘れたことに気がつく。シーツは固めが好きだ。乾燥とクールダウンが終わるまでの一時間と少し。暇だなといつも思う。昼間からどこかへ遊びに行くのは気が引ける。一度家に帰るもの面倒くさい。することのない時間は嫌いじゃないけど、多すぎては持て余す。だからその日は、文庫本を持ってきていた。

 ざぶん、ざぶんと洗濯物が回る音。ごおん、ごおんと乾燥機が立てる音。ときどき人の出入りがある他は、コーヒーのおかわりを勧める店員もいない。
 物音がするくせに静かなコインランドリーで、私は読書に没頭していた。それは就職してからはずっと遠ざかっていた感覚だった。

 本屋へ行くのが好きだった。仕事を始めたときは、これで気兼ねなく本を買えると喜んだ。実際、仕事帰りにはよく本屋へ寄って本を買った。そのうちに、仕事の忙しさと疲れを理由に、買った本を積み上げるばかりで、読むことはなくなっていた。読んでいない本が十冊を超えてから、数えるのをやめた。買うのはやめられなかった。

 文庫本を一冊読み切るには、洗濯が2回必要だった。
 十日に一度のコインランドリー通いが八回目を迎えた頃、つまりようやく4冊の本を読み終えた頃、しびれを切らした母親にハローワークに連れて行かれた。それが三回目になったとき、私は近所の町工場の事務員に採用された。薄手のコートを、クリーニング店に出した。

 町工場と家との間には、本屋がなかった。それが、辞表を出した理由だ。仕事帰りに本屋へ寄らないなら、仕事をする意味はない。
 毛布もシーツも洗いたいし、読んでいない本もまだある。
 明日はコインランドリーへ行こう。
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